2012年12月16日

封印

チョコのために最後の仕事―

チョコの飼育小屋の掃除をしてきた。
なんだかだ言いつつも、私に飼育小屋の鍵を預けてくれて、
いつでも好きに出入りさせてもらい、
最終的には快くチョコを送り出してくれた小学校には感謝しているので、
最後にきちんときれいにしておかなきゃね。


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   チョコの飼育小屋に向かう公園脇の道。
   ここ数日の湿った雪で、木々が雪化粧。
   もう、この道を往復することもめったにないだろうな。


記録的な大雪が続いていたので、思ったとおり飼育小屋の運動場は腰まで雪が積もり、
寝室のドアを開けるために、まず素手で雪を掘らなきゃならなかった。
チョコがいたら、絶対にここまで積もったままなんてことありえない。

飼育小屋に近づいたら、いつも「ちょんこ〜来たよ〜」と声をかけると、
運動場に出られないほど雪が積もっているときでも、
必ずチョコ専用の寝室の出入り口のところから顔を出していたっけ。


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    2週間前にチョコをつれてきた時からそのままの寝室の中。
    ・・・なんだか不思議な感じがした。
    現実感がないというか。


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    寝室の中は+3.5℃。外より3℃くらい高いか。
    この中も厳寒期には-5℃を下回っていた。
    ・・・こんなところにチョコは8年もいたんだ・・・


寝室の中の備品のほとんど全部は私が持ち込んだもの。
手作りのウッドハウス2個に、ウォームシートに、壁の合板に、床の断熱シート・・・
12月4日全校朝礼で挨拶に来たとき、食器だけ先に持って帰っていた。
なので、今日は何も持って帰るものはないので、
ウッドハウスも解体し、布類やおやつ類もシート類も全部ゴミ袋へ。
とにかく、全部、徹底的に廃棄。
ゴミ袋4個にもなった。


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     床の断熱シートと合板を取り除いたら、
     チョコめ・・・手前の中央部分以外は全部掘り進んでトンネルにしていた。
     8年目になって、初めてこんなに掘っていた。


土に混ざった牧草を取り除いたりなんだりで、
土ぼこりにまみれながら2時間。
寝室の中は、私が介入する以前の状態―つまり、「何もない」状態に戻った。
私が介入する以前、チョコは1本の牧草も寝床もないこの場所で寝ていた。


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     寝室のドアを閉めるときに、祈った。
     「ちゃっぴー、今までチョコを守ってくれてありがとう。
     おまえのおかげで、ようやくチョコを安心な場所に送り出せたよ。
     そして・・・もう二度とここにうさぎが入れられないよう、お願いね」と。


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     たびたびチョコに差し入れを持ってきたり、
     チョコを心配して私にいろいろ聞いてくる近所の人がいたので、
     学校でもフェンスに「チョコは里親さんの元に行った」という張り紙を出していたけど、
     私も貼り付けておいた。
     「チョコは幸せになりました」と。


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     すっぽり雪に埋もれるようになっている飼育小屋ともこれでお別れ。
     チョコはもうここにはいない、とわかっていながら、
     冬、帰るときいつもチョコに「がんばれ」と声をかけていた癖が出そうに。


これで、チョコとの縁は一区切りついた。



もう二度とここには来たくない。
ここにこうして飼育小屋がある限り、またいつ新しいうさぎが入れられるかわからない。
(学校にははっきりともううさぎは飼わないでほしいと言ってきたけれど、
やはりこの飼育小屋は「動物飼育」という学習要綱があるため設置されている、ということで、
こうしてこういう設備が校門のまん前にある以上・・・またうさぎが入れられる可能性は高い。
それなら、せめて教室で飼える動物にすべきだ、とは言ってきたけれど、
特に現在の校長先生や教頭先生がいなくなったらどうなることか)


そもそも、ここは初代学校うさぎのちゃっぴーが、
チョコよりさらに過酷な状況で飼われていた場所で―
それでも彼女は9歳まで生きた。


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     初代学校うさぎのちゃっぴー。
     ちゃんとした名前もなかったので、
     私が勝手に名付けて、約半年間毎日のように通った。


ちゃっぴーの頃は、鍵を預けてもらうこともかなわず、
当時の教職員には疎まれ、
結局何一つしてあげられないまま―
ちゃっぴーが病気とわかっていながら、一口の薬すら与えられず、
彼女はたった1匹でここで死んでいった。
当時の私は、やはり今の自分より相当未熟で、しかも勇気もなく、腹もくくっていなかった。
当時の私にもう少しだけの思慮と勇気があれば―

ちゃっぴーの痛ましい死は今もトラウマになっている。
いつか―チョコも誰にも看取られずこの冷たい寝室で息を引き取るときが来るのではないか―
私はただただそれが怖かった。
それを避けたいためだけに執拗にチョコの元に通い、
学校側との関係を保つよう努めてきたような気がする。



チョコが幸せになった今、
ここはまたちゃっぴーの墓標になった。



皆さんの近所にも小学校があるでしょ?
ほとんどの小学校には飼育小屋があるはず。
そこにうさぎがいないか、
もしいたら、どんな状況か一度確認してみてほしいのです。
(おそらく、99.9%、チョコより何倍も過酷な状況のはず)

そしてそれがうさぎにとって適した状態ではないと感じたら―
あなたにできる方法で何か1つ、学校側にアプローチしてほしい。

最終的に、学校や幼稚園などでの動物飼育全廃のために。


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     2008年1月厳寒期のチョコ。
     この頃はまだ小屋の鍵をもらえていなかったので、
     フェンス越しに野菜やペレットを与えていた。
     今から思うと、この頃が一番切なかったな。。。



ニックネーム Lin at 00:00| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ちゃっぴー・・・
もう二度とあんな思いはしたくないといっていたものね。
でもLinちゃんはちゃんとやり遂げた。
そこんところ、私は高く評価するよ。
ちゃっぴーという尊い犠牲がチョコを救ったんだね・・・

チョコ、ちゃっぴーの分も幸せになって!
って、十分幸せな様子になんだか涙が出てくるよ。
Posted by HANA at 2012年12月17日 15:34
★HANAちゃんへ
こんなに寒さ厳しくなっても、あの小屋にチョコがいるわけではない、
あたたかい寝床で、里親さんに大事にされてるんだと思うと、
本当に・・・しみじみ嬉しい。
確実に1つ心配の種が消えたんだものね。
Posted by Lin at 2012年12月22日 01:50