2011年08月28日

ラムちゃまを見送って

やれやれ。
すっかり腑抜け状態で過ごしていました。

けっして悲嘆のあまり泣き暮らしていたわけではないのでご心配なく。
ただ・・・この9ヶ月というもの、寝ても醒めてもラムちゃまの容態の心配、
常に薬剤や食べてくれるものの補充で毎日が過ぎていたので、
急にそうした緊張感がなくなってしまって、なんだか居心地が悪い。
そんな感じ。

9ヶ月も懸命に頑張ってくれて、
私自身もできうる限りのことはしたつもりだし、
長く苦しまずに私の腕の中で息を引き取ってくれたのだから、
今さら「哀しい」とか「つらい」という感情はなく―

ただただ、ラムちゃまがいなくなってしまった、ぽっかりとした空白が埋められない、
漠々とした寂しさ―
ひたすら、寂しい。

20110818lam1.jpg

      亡くなる数分前。まだ私自身は亡くなるかも、とは思っていなかった。
      不滅不屈のラムちゃま、とどこまでも信じていた。

20110822lam1.jpg

      たくさんのお花やメッセージをありがとうございました。
      イケメンな遺影にしました。

ちょうど小学校のチョコが滞在中だったのだけど、
22日から始業式というので(やむなく)返さざるをえなく。

チョコがまたラムちゃまと体格がちょうど同じくらいなものだから、
そのチョコまでいなくなってしまうのか、
また厳しい環境に戻さなくてはならないのか、と
今回はラムちゃまの死とはまた別の意味でつらい思いをしました。

20110822cho1.jpg

      「おれっち、都会のウサギという感じになったっしょ?」
      結局・・・猛暑はつれてきた日1日だけで、あとは過ごしやい毎日でした。
      今年は8月に入ってからは特に湿度も低く、全般に過ごしやすい涼しい夏でした。

20110822cho2.jpg

      抱っこ三昧。こんなことしちゃうと、さらに執着心が強くなって。
      あぁ、本当に返したくなかった。

返す時、教頭先生に
「この子はもう人間で言えば60歳を過ぎているので、
冬を屋外で過ごすのも今年が限度と考えていただきたい」と話してきた。
人間も年をとったらふさわしい家を求めるのと同じで、
何も終生最期までこの小屋にいる義務はない、と。

でも・・・「そうするとチョコが引退した後は
新しい若いウサギを迎えなきゃならないんですね」と言うので、
この時代に、学校で何が何でもウサギを飼う必要がどこにあるのか、と聞き返したら、
「この建物(飼育小屋)がある以上、教育委員会とかが」という答え。

・・・ふーん。
教育委員会に直訴するチャンスを探そうっと。

20110803lu2.jpg

      「ままん・・・悪巧みのお顔してりゅにぇ・・・」
      あ、わかった?

「じゃあ、今のうちに引き取ってくれる家を探しておかないと」と不安げな顔をしていたけれど、
あえて「見つからなければ私が」とは言わなかった。

もちろん見つからなければ引き取る心積もりはしているけれど、
やはり学校で飼育しているのだから、最後まで責任を持つべきだと思うから。

20110822for2.jpg

       「あだす、ついにヂョゴざんとは挨拶もすなかったですよ」
       いいの。あんたら、お互いに現役同士だし。

炎龍は、ラムタラが死んだことをわかっているとは思うのだけど、
あえて亡骸と対面させるということもしなかったので、
そのせいか自然に受け入れていると思う。
特別落ち込んだり食欲が落ちるということもないようなので。
今となっては、長い間ケージのラムタラと直接接触させなかったことがよかったと思う。

以前、故にこが亡くなったとたんに故テポが激しく落ち込んで、
その後見る見る体調を崩し、結局にこの死後1年もしないで
後を追うように亡くなってしまったので、その繰り返しになることだけが気がかりだった。
(もちろん、ののちゃんも大丈夫)

20110822for1.jpg

      あんた、気がついた?ウサギ族はいまやふぉーちゃんだけなんだよ。
      「にゃんこたちがいるから寂しくないです」
      だから、あの子たちとおまえとは―

20110824f_m1.jpg

      「ぼうや、一緒に座布団食うですよ」
      「おねいにゃんには負けにゃいがよっ」
      ・・・たしかに寂しくはなさそう。

が・・・唯一、ラムタラの死にショックを受けたのが、千夜。

亡くなった夜から、翌日荼毘にふすまで、ずっとケージの中の動かないラムちゃまを見つめ続け、
何度も「どうして?」と振り返っては私に問いかけていた。

20110819chi1.jpg

      荼毘に附す直前、千夜にだけ対面させた。
      「ママ・・・ラムにいにゃん、どうしたん?」

そして小さなお骨になって帰ってきて、
ラムちゃまが使っていたケージを片付け始めた頃、
急に思い立ったように大きな声で鳴きだし、家中ラムちゃまを探し回りだした。

本当に哀しい声で、きっと彼女も事態を呑み込んだはずなのに
「ラムちゃまがいない。どこ?」とクロゼットや押入れを開けろ、と私に要求し続け・・・
どうしても鳴きやまないので、仕方なくその夜は悲嘆に暮れる千夜を抱いて寝ました。

正直、千夜が慰めてくれるかと思っていたのに、
それどころではなく、私が千夜をなだめることに。。。

20110819chi2.jpg

      ちいや、ラムにいちゃんは遠いところに行っちゃいました。
      ママも悲しくなるので泣かないで。
      「だって、ちぃはにゃ・・・」

猫の千夜にとってはさほど重大な意味はなさないだろうと思っていたのに、
自分がこの家に来るより先にすでに存在していたラムちゃまは、
私が思っていた以上に、間違いなく千夜の家族だったようです。
もちろん、今は千夜も元気になりました。

今は私も、朝晩30分以上かかっていた両目の清拭や点眼、投薬、
ケージ内の消毒などから解放されて、毎日がとてもラクになったことを
素直に感謝しようと思っています。

皆さんのお心遣い、励ましには本当に感謝しきれない思いです。
皆さんが支えてくれたラムタラの命だったんだ、と改めて実感しています。
ありがとうございました。

20100521lamm1.jpg

           ありがとうでち。



ニックネーム Lin at 20:07| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ラムちゃんのご冥福をお祈りします。
最後の最後まで強く生きた勇姿、立派だったと思います。

炎龍の先輩としていろいろ教えてくれたことでしょう。
ラムちゃんの分まで炎龍が長生きしてくれることを願っています。

Posted by Toku at 2011年08月29日 13:20
仕方ないですよ、なかなかしゃきっとできなくても。
本当に長い時間をラムちゃまのために積み重ねてきたんですから。
それでもLinさんは相変わらず忙しそう。
でもチョコちゃんやにゃんこちゃんたちのことがなければ、
もっとつらかったかも。これでいいのかもしれませんね。

ちやちゃん、優しい気持ちのにゃんこちゃんですね。
Posted by hide at 2011年08月30日 08:30
★Tokuさん
炎龍はラムちゃまが好きだったのに、
体格の違いや気まぐれな乙女心のせいで、
最終的にはラムちゃまをケージに隔離するような形になったけれど、
炎龍はいつもそのケージの前で寝ていました。
やっぱり同族に対する気持ちは強いものがあると感じていました。

幸い彼女が寂しがって落ち込む様子はないし、
一番心配していたラムちゃまからのパスツレラ症感染もなかったので、
これからは炎龍をもっと大事にしていこうと思っています。
ラムちゃま存命中はどうしても炎龍が二の次になりがちだったので。

帰省の際は遊びに来てね。

【hideさん】
忙しくて助かっています。たしかに。
哀しみに長時間くれている暇もないので。

千夜は子猫に執着したり、と
強情で気が強いくせに情緒的に物事をとらえるにゃんこのようです。
ラムちゃまを探す千代の姿が一番悲しかった・・・
Posted by お返事【Lin】 at 2011年09月12日 09:15