2012年02月10日

いつか

炎龍の姿が消えてから、なんだか私自身の時計も止まったままのような気がしている。

普通に仕事をし、人と話し、笑い、
猫たちを愛し、猫たちの里親探しを延々と続けているけれど、
それは―それが私に与えられた義務で、
それがまたなんとか私を生かしていると感じているから。
けれど、炎龍の死を知らない人に「あの大きなうさぎは元気?」と聞かれても
いまだ私は「実は」と口にできないでいる。
「うん、元気」と返しては、急いで別の話題ではぐらかす。


今も毎日のように襲ってくる絶望感をどうしたらいいのか。
しばらく、炎龍が待っていない家に帰るのがたまらなく苦痛だった。
彼女が死んだ後すぐに、急いで家の中からうさぎに関係するものを排除した。
うさぎがいなくなって得られたわずかばかりの余裕を、極力実感しようとした。
なのに、今もスーパーで彼女が好きだった野菜やバナナを見るたび、
帰途のバスの中で、ふと彼女がもういないことを思うたび、
目が覚めて、彼女が二度と私を起こすために息を吹きかけることもないのだと気づくとき、
私は―心底がっかりする・・・
小学校のうさぎのチョコの頭をなでるたび、私はそのうさぎの無心な魂と
繊細でもろいからだの感触に、なつかしくて愛しくて涙がこぼれる。
そんな毎日だ。


きっと、
ラムちゃまやののちゃんのように、徐々に近づいてくる死の予感は
心の準備をさせてもらえる時間があったけれど、
炎龍はあまりに突然の死だったために、まだ私の気持ちが現実に追いついていないだけ。
これまでにも「突然」と感じられる死は体験してきた。
思い返すと、どれも私には手痛い体験で、今も大きな傷跡となって残っている。

だから、きっといつか彼女のことを穏やかに話せる日が来ることも知っている。
それまで、私は永遠に失った愛しいいのちのことを、繰り返し繰り返し
深い絶望感とともに思うしかないのだと思う。
その絶望感に慣れた頃、私は再びうさぎと暮らせるようになるかもしれない。

新しいうさぎと出会って、その子との年月が重なるにつれ、
いつも「この子がこれまでの中でも一番愛しい」と感じてきた。
炎龍は最後のうさぎだったから、彼女が私にとって結局一番愛しいうさぎになった。

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    いつか、乗り越えたと感じられたら、きっとまた―
    炎龍に負けない、とびきり大きなうさぎを。
    炎龍のように、いつも笑っていてくれるうさぎを。

炎龍の、どこまでも晴れ渡った空のような魂の明るさ、
屈託のなさ、何の迷いもなく私を信じ愛してくれた一途さ、
猫たちへの寛容―
彼女のピュアな精神性を味わえただけでも私は感謝すべきなのかもしれない。
私はいつも、彼女の精神性のかけらでも自分が備える人間だったら、と思っていた。
うさぎごときに尊敬の念を覚える人間なんておかしいだろうか。
それだけに、彼女を失った後の私は、ただ息をしているだけの塊、と感じてしまうんだろう。


今も、たまらず「ふぉーちゃん」と口に出すと、
猫たちがあわてて家の中を見渡したり、
特に千夜は急いで探しに行こうとする。

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    炎龍が死んだ朝、猫たちはしばらく彼女の死に気がつかず、
    横たわる遺体のそばで屈託なく過ごしていた。


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    夕方くらいになって、やっと千夜は炎龍が死んだことに気がつく。
    近づけなくなった。

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    チョコのもとには、冬休みが終わった今もほとんど毎日行っている。
    あまりに寒さが厳しいのでカイロを入れてあげている。
    去年の秋に、寝室の地面と壁に断熱シートを入れたせいか、
    外より寝室の温度は+5℃くらいを保てるようになって少し安心。







ニックネーム Lin at 13:20| Comment(5) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする