2011年12月21日

炎龍、急逝

私の家から、うさぎがいなくなった。
1匹も。
そんなこと今まで一度も考えたこともなく、
実際この家に暮らしてからの18年間、一度もなかったのに。


今朝6時30分ごろ、炎龍が急逝しました。
激しい物音で目が覚め、駆けつけると炎龍はすでに不自然に仰向け状態にひっくり返っていて、
「癲癇の発作?なに?」と、灯りをつけるまもなく体勢を直して抱きかかえ、
背中をさすったりしているうちに程なく、大きな声で泣きはじめた。
凍りついた。

「さようなら」でも「痛い」でもない、
彼女は「助けて、死にたくない」と、大声で何度も何度も哀しげに泣き叫んだ。
私もふぉーちゃん、と絶叫して、さらにさすっているうち、
泣き止んだとたんに息の吸い込みの間隔が徐々に間遠くなり、そしてついに止まってしまった。
失禁して、よだれが流れていた。

その間揺さぶり、体をさすり、叩いてもどうにもならず、
息が止まってからも心臓マッサージと人工呼吸を30分以上続けたけれど、
彼女が息を吹き返すことはなかった。
私が駆けつけ、息を引き取るまで、わずか1分足らずのこと。

こんなことって。

あまりのことに納得ができず、
午後かかりつけの病院で剖検をしてもらいに、まだ温かい体のふぉーちゃんを抱いて行った。
けれど・・・剖検前のレントゲンでは何か喉に詰まらせたとか、腸閉塞を起こしているとか、
あるいはどこかに腫瘍があった、転んで頭を打ったというものは一切見当たらず、
となると、もともとてんかんを持っていたことを考えると、
数年ぶりの大発作に多臓器不全を起こして亡くなったと考えるのが妥当で、
結局、脳組織の剖検までは行えないため、そのまま傷をつけずに帰宅した。


私が就寝してからわずか3時間半後のこと。
ここ数日は機嫌も体調もよく、昨日はOFF日だったので、
ほとんど彼女は甘えて私にくっついていた。
ほとんどの時間を彼女はリビングで過ごしていた。
体調や機嫌が悪いとうさぎ部屋から出てこないので、やはり気分がよかったということだ。
夕べのごはんも完食していたし、ウンチもいつも通り大量に転がっていた。
まったく病んでいた形跡がない。
だからこそ、癲癇発作だ、と言うのだけれど―

ここ数年痙攣発作もなく、小さな発作はたまに前足を数秒突っ張らせる程度で、
この程度なら服薬の必要はないと主治医も私もそう判断していた。
癲癇は、重積発作の場合には死に至るとは知っているけれど、
たった一度の大発作で命を落とすなんてことがあるのか。。。
その点は医者が言うように「まったくないとは言い切れない」と片付けるしかないのか―
私が見たときには痙攣すらしていなかった。
私は動物たちの異変にすぐに気がつくよう同じ部屋で寝ているので、
大きな物音以前に何度も炎龍が発作を起こしていたことに気がつかなかったとは考えられないし、
同じ部屋でケージで寝ている猫たちも、炎龍が何度も発作を起こしていたのなら
必ず鳴いて騒ぎ出すはずだけど、それもなかった。
唯一ケージ外に出ている千夜も、私が飛び起きるまで一緒に布団の中で寝ていた。
それでも癲癇発作が死因というんだろうか。

いったい何が炎龍に起こったのか。
わからない。

帰宅後、まだ温かみの残る炎龍を抱いて横になり、
そして先ほど・・・炎龍は小さなお骨になりました。
手足や耳、頭部は硬直が始まっていたけれど、お腹はまだ温かみが残っているのに
荼毘に付すのはあまりに惜しく申し訳なかったものの、
けれど次のOFF日まで遺体を残したままにしておくこともできず。
猫たちもすでに動揺しているので。

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       昨日の炎龍とまいこ〜。

泣いても泣いても、どう叫んでも、大事な大事な炎龍を失ったこの痛み、
この悔しさはどこにも吐け口がない。
私の哀しみの何倍もの悲哀をこめて泣いた炎龍。
うさぎがあんなに哀しげに泣きじゃくるなんて。
なのに私は何もできず、一口の薬を与える間もなかった。
ラムちゃまを失って4ヶ月、ののちゃんを失ってわずか3週間でこんなことになるなんて、
私は、私の家はどうなっているんだろう。

何もかも終わってしまったように感じる。
だってこの家に、私のそばに1匹のうさぎもいないなんて、
何か大きく宇宙の法則に反しているような気がするから。

ののちゃんを失ってから、これまで以上に炎龍が愛しく大事に思えてならなかった。
なのに、なぜそれほど大切なものが奪われていくのか。
炎龍のいない世界は無意味。
私はもう元気になりたいとも思わない。



これまで炎龍をかわいがっていただいて、ありがとうございました。

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ニックネーム Lin at 20:24| Comment(19) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする