2011年11月23日

絶望なんかしない

ののちゃんの病状は日に日に・・・いい材料は一つもなく。
出血の量も増える一方なので、悪化していることは明らか。

けれど、ただ一つだけ希望が持てるのは、
ここ2日ほど彼女は痛みに耐えながらも、少しでもチャンスがあれば
自分で何かを食べようとしていること。

20111123non2.jpg

     もう生の野草はないけれど、夏の間に乾燥させておいた野草をちょろちょろ食む。
     よかった・・・乾燥した野草を作っておいて。

20111123non1.jpg

      自分からケージを出て、牧草箱の中に入って牧草をつまむ。
      青梗菜やにんじんを口にすることも。

投薬や青汁の強制給餌も欠かせないけれど、
様子を見計らって、自分で何かを食べようとしているときは
なるだけ・・・彼女の好きなようにして「食べること」への意欲がそがれないようにしている。

強いなぁ。
ののちゃんは生きることに前向きだ。
生きなきゃならない、ただその一念で一生懸命口に入れようと頑張っている。
理屈じゃない。
いのちというのは、それだけから尊い。

私はただただ彼女の生きようとする意志を、
持てる力の限りサポートするしかないだけ。

20111123n_l2.jpg

       「にょにょねいにゃん・・・元気出してにゃ」
       ののちゃんを膝において投薬や強制給餌が始まると、猫たちが心配げな表情で集まる。

20111123n_l3.jpg

       「泣かにゃいで。りゅかちゃんも哀しくにゃるよ」
       特にルカちゃんは、ののちゃんの泣き声に動揺するのです。

20111123n_l1.jpg

       「るぅちゃん、あたちゅい頑張ってるから、るぅちゃんも泣くんじゃないでちゅよ」 


ののちゃんは気が強いところがあって、
私以外の人が、特に口元をさわろうとすると、反射的にサクッと噛み付いたりする。
けれど、私には絶対に、これまでも一度も噛み付いたりしたことはない。
嫌がるのに、無理やり強制的にシリンジを口に入れるときも、
青汁で濡れた口元をぬぐうときも、絶対に。

こんなに小さなねずみでも、
自分にとって私というニンゲンが多少は・・・大切な存在に思ってくれていることが
哀しいやら、いじらしいやら―

ラムちゃまとおんなじ。
どんなに辛くても、私がなでると嬉しそうに、心底安心したように目を閉じる。
よっぽど、食べ物をもらう以外に求められない存在の方が気が軽い。。。

20111123non3.jpg

      こんなに抱いてなでるのは、今までに一度もなかったね。

20111123f_m2.jpg

      「ののねぃにゃん、まだ治らにゃいのか」
      「坊やも励ましてやるですよ・・・」




      
ニックネーム Lin at 23:51| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする