2012年05月20日

チョコの治療・・・どうしたら

生まれてこの方・・・これほど心踊らない春は、15年ほど前に父が春に亡くなって以来だ。
それでも猫たちがとても生牧草を食べたがるし、
チョコもいるので、例年の5分の1程度の野草を摘んでいる。

チョコはせいぜいタンポポぐらいしか好まないし、
猫たちは生牧草だけなので、それ以外のヨモギとかオオバコ・・・
炎龍がヨモギをどれほど喜ぶだろう、
ののちゃんがどれだけぴゅいぴゅい鳴いて大騒ぎしたことだろうと思うと―

ほんの少しだけ猫やチョコが食べない野草も摘んで、
ラムちゃま、ののちゃん、ふぉーちゃんの遺影の前に供えて、
自分でもうんざりするような暗いため息をついている。


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     もう、大昔の光景のような気がする・・・


これまでは、どの子かが亡くなっても、
「まだこの子がいるから」と気を奮い立たせて、野草を摘むのも精が出た。
今はそれがほとんどなくなってしまったから、
今年の春は一つの花も目に入らない。。。



チョコは、水曜日に病院に連れて行きたいと思っている。
良くなったり悪くなったりを繰り返している状態で、何とかなりそうにも思っていたのに、
昨日・今日はまたさらに悪化していた。

ただの結膜炎のような気もするけれど、もう長引いているし、
抗生物質の入った点眼薬でも治らないとなると・・・
このまま放置したらパスツレラの導火線になりそう。


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       連休中の頃。このあとかなり改善したんだけど・・・


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    最近。またぐちゃぐちゃ。


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    せっかく点眼薬で洗ったばかりなのに、あぁ〜汚い手で・・・
    だいたい、衛生的ではない飼育小屋にいては何をやってもムダなような気が。


しかし・・・
抗生剤をもらっても教職員はチョコを抱っこして投薬させるなんてできないだろうし、
ましてや朝・晩の投薬なんて絶対するわけないし、
私の家はいまだ元野良の成猫4匹がいるから、かえってチョコの安全が脅かされるし―

どうしたらいいものか・・・
せめて抗生剤を服用させている間だけでも、あの汚い飼育小屋には置いておきたくないんだけどな。


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    チョコ、最近あんたは抱っこされるとうっとり抵抗もしないね。
    「おおお、おれっち、そんな恥ずかしいこと・・・!」





ニックネーム Lin at 23:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月29日

春なのに

やっと緑の芽吹きが始まった北海道。
今年の春の遅さはこれまで経験がないくらい。
でも、それだけにあと数日で何もかも花開くようになるスピードも例年以上。

やっとチョコも体に負担のない季節を迎えられたと思っていたら・・・

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   でもなんとなく・・・活気に欠けるチョコ。食欲はあるんだけど・・・
   ペレットの入れ物を最大級の大きいものに取り替えたら、
   どうにかペレットだけは切れたままという事にはならなくなった様子。


数日前から、なでる時に目が涙で濡れていることに気がついていた。
でも、いつも仕事の帰りに立ち寄っているから暗くてよく確認ができず、
昨日ようやく日中に訪ねて確認したら・・・


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    あぁ・・・やっぱりひどいことになっていた。
    メヤニと涙が固まってがびがびに。
    せっかく春が来たというのに、なんてこったい!

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    左目は右目ほどではないけれど。

うちの子たちのパスツレラほどの涙の量ではないし、ベタベタ感もさほど強くはないので、
今のうちなら投薬で何とかなるかも。

と、昨日から抗菌剤入りの目薬を点眼して、
今日はそれに加えて炎龍の保存していたニューキノロンを投薬。
病院に連れて行きたいけど、あいにく学校に人影はなく・・・多分連休中は誰にも会えないのでは。

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    おとなしく、こんな風に抱っこされて投薬も点眼も超カンタン。
    チョコもしばしうっとりしていたよ。


今日は昨日よりだいぶ改善しているようだったし、
このまま完治するようなら、ただの結膜炎かもしれないし、
だったら病院に連れて行くのは今使っている抗生剤がなくなってからでもいいか。
パスツレラだったとしても処方はおんなじなのだから。


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   ね、だいぶきれいになったでしょ。
   でも、まぶたが腫れている。


チョコにはそろそろ隠居先の心配をしなくては。
でも、それは同時にこの先、学校がもうウサギを飼わないという約束を取り付けることも
同じくらい大事なこと。
両方同時に行わないと、またチョコと同じ目に遭うだけの新しいうさぎが入れられ、
そして私は一生小学校のうさぎ問題から解放されないことになる。
もう、ほとほといい加減にしてほしい・・・

完治しないようだったら、今すぐにも家の中に入れたいけれど、
うちの猫たちだけならともかく、野良ファミリーの成猫4匹がいるのでは
チョコのストレスも増すだけだろうし―
かと言って、チョコにさわれもしない教職員に押し付けても、
投薬できるかも怪しいし(いや、絶対しないと思う)―

困ったな・・・あぁ、心配!


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      チョコ、早く治すんだよ。
      毎日投薬と点眼に来るからね・・・
      「・・・へい」




ニックネーム Lin at 16:20| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月04日

願い

春が近づいてきました。

今の私の切なる願いは唯一つ。

今、保護している猫ファミリーの養子先が決まったら、
また、うさぎを迎えること。

ふぉーちゃんのように、大きな子を。
もし、またふぉーちゃんと同じ境遇の子が里親を希望していたら、
同じ境遇ではなくても、行き場がなくて困っている大きな子がいたら。
だから、本当に早く今の猫の保護プロジェクトは完了したい。

大きな子にこだわるのは、猫たちとの共棲のこともあるけれど、
やはりまだ炎龍に未練たらたらだからでしょうか。

・・・正直なところ、「未練」どころではありません・・・
情けないことに。

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    今、ラムちゃまとののちゃんと炎龍のフォトブックを製作中です。
    

ほとんど毎日、平日もチョコのところに通いつめています。
とても目が離せない。
私が行かなけりゃ、チョコは確実に飢えることがわかっているから。
なんとか平日くらいは私が確認しなくても安心していられるようになればいいのだけど・・・

どだい学校なんて環境では
何も期待できないし改善もムリ、
そもそも最初から動物を飼うべきではないという思いを強くするばかり。

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    昼間に行くと、こうして寝ていて声をかけても目も開けない・・・
    そろそろ8歳くらいになるのかな・・・



ニックネーム Lin at 20:17| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月10日

いつか

炎龍の姿が消えてから、なんだか私自身の時計も止まったままのような気がしている。

普通に仕事をし、人と話し、笑い、
猫たちを愛し、猫たちの里親探しを延々と続けているけれど、
それは―それが私に与えられた義務で、
それがまたなんとか私を生かしていると感じているから。
けれど、炎龍の死を知らない人に「あの大きなうさぎは元気?」と聞かれても
いまだ私は「実は」と口にできないでいる。
「うん、元気」と返しては、急いで別の話題ではぐらかす。


今も毎日のように襲ってくる絶望感をどうしたらいいのか。
しばらく、炎龍が待っていない家に帰るのがたまらなく苦痛だった。
彼女が死んだ後すぐに、急いで家の中からうさぎに関係するものを排除した。
うさぎがいなくなって得られたわずかばかりの余裕を、極力実感しようとした。
なのに、今もスーパーで彼女が好きだった野菜やバナナを見るたび、
帰途のバスの中で、ふと彼女がもういないことを思うたび、
目が覚めて、彼女が二度と私を起こすために息を吹きかけることもないのだと気づくとき、
私は―心底がっかりする・・・
小学校のうさぎのチョコの頭をなでるたび、私はそのうさぎの無心な魂と
繊細でもろいからだの感触に、なつかしくて愛しくて涙がこぼれる。
そんな毎日だ。


きっと、
ラムちゃまやののちゃんのように、徐々に近づいてくる死の予感は
心の準備をさせてもらえる時間があったけれど、
炎龍はあまりに突然の死だったために、まだ私の気持ちが現実に追いついていないだけ。
これまでにも「突然」と感じられる死は体験してきた。
思い返すと、どれも私には手痛い体験で、今も大きな傷跡となって残っている。

だから、きっといつか彼女のことを穏やかに話せる日が来ることも知っている。
それまで、私は永遠に失った愛しいいのちのことを、繰り返し繰り返し
深い絶望感とともに思うしかないのだと思う。
その絶望感に慣れた頃、私は再びうさぎと暮らせるようになるかもしれない。

新しいうさぎと出会って、その子との年月が重なるにつれ、
いつも「この子がこれまでの中でも一番愛しい」と感じてきた。
炎龍は最後のうさぎだったから、彼女が私にとって結局一番愛しいうさぎになった。

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    いつか、乗り越えたと感じられたら、きっとまた―
    炎龍に負けない、とびきり大きなうさぎを。
    炎龍のように、いつも笑っていてくれるうさぎを。

炎龍の、どこまでも晴れ渡った空のような魂の明るさ、
屈託のなさ、何の迷いもなく私を信じ愛してくれた一途さ、
猫たちへの寛容―
彼女のピュアな精神性を味わえただけでも私は感謝すべきなのかもしれない。
私はいつも、彼女の精神性のかけらでも自分が備える人間だったら、と思っていた。
うさぎごときに尊敬の念を覚える人間なんておかしいだろうか。
それだけに、彼女を失った後の私は、ただ息をしているだけの塊、と感じてしまうんだろう。


今も、たまらず「ふぉーちゃん」と口に出すと、
猫たちがあわてて家の中を見渡したり、
特に千夜は急いで探しに行こうとする。

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    炎龍が死んだ朝、猫たちはしばらく彼女の死に気がつかず、
    横たわる遺体のそばで屈託なく過ごしていた。


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    夕方くらいになって、やっと千夜は炎龍が死んだことに気がつく。
    近づけなくなった。

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    チョコのもとには、冬休みが終わった今もほとんど毎日行っている。
    あまりに寒さが厳しいのでカイロを入れてあげている。
    去年の秋に、寝室の地面と壁に断熱シートを入れたせいか、
    外より寝室の温度は+5℃くらいを保てるようになって少し安心。







ニックネーム Lin at 13:20| Comment(5) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月01日

ありがとう

ご心配いただいてるのをわかっていながら、
いまだ何も語ることができずにいます。
申し訳ありません。

しかし、なんとか毎日を送っています。
私のもとには3匹の猫がいて、一時は猫たちの方が炎龍の死を嘆いて大変だったし、
昨年夏からずっとなんとか飼い主を見つけようと通い続けている半野良猫一家も、
そして炎龍が亡くなった直後から冬休みに入ったチョコも
私に「休んでいいよ」とは決して言ってくれないので。
むしろ、いやでもこうして動かざるをえないことに感謝しなくてはならないのかもしれません。

昨年私は3つの大切な大切な命を失いました。
ほとんど「次々」と。
半野良ファミリーも2つの命が無残に消えていきました。
このことをどう語ればいいのか、今の私にはまったく言葉が見つかりません。

しかし、私は自分を信じています。
時間がかかっても、私はいつまでも泣いてはいないでしょう。
私を悲嘆に暮れさせるのも彼らなら、
私を笑わせてくれるのも、やっぱり彼らしかいないので。

炎龍や私に対して、あたたかい慰めや励ましのメッセージの数々、
カードやお花、プレゼントをありがとうございました。
いつも私を支えてくださること、感謝の言葉もありません。
御礼が遅れている失礼をお許しください。

皆さんにとって2012年がよい年となりますように。

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ニックネーム Lin at 23:08| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月21日

炎龍、急逝

私の家から、うさぎがいなくなった。
1匹も。
そんなこと今まで一度も考えたこともなく、
実際この家に暮らしてからの18年間、一度もなかったのに。


今朝6時30分ごろ、炎龍が急逝しました。
激しい物音で目が覚め、駆けつけると炎龍はすでに不自然に仰向け状態にひっくり返っていて、
「癲癇の発作?なに?」と、灯りをつけるまもなく体勢を直して抱きかかえ、
背中をさすったりしているうちに程なく、大きな声で泣きはじめた。
凍りついた。

「さようなら」でも「痛い」でもない、
彼女は「助けて、死にたくない」と、大声で何度も何度も哀しげに泣き叫んだ。
私もふぉーちゃん、と絶叫して、さらにさすっているうち、
泣き止んだとたんに息の吸い込みの間隔が徐々に間遠くなり、そしてついに止まってしまった。
失禁して、よだれが流れていた。

その間揺さぶり、体をさすり、叩いてもどうにもならず、
息が止まってからも心臓マッサージと人工呼吸を30分以上続けたけれど、
彼女が息を吹き返すことはなかった。
私が駆けつけ、息を引き取るまで、わずか1分足らずのこと。

こんなことって。

あまりのことに納得ができず、
午後かかりつけの病院で剖検をしてもらいに、まだ温かい体のふぉーちゃんを抱いて行った。
けれど・・・剖検前のレントゲンでは何か喉に詰まらせたとか、腸閉塞を起こしているとか、
あるいはどこかに腫瘍があった、転んで頭を打ったというものは一切見当たらず、
となると、もともとてんかんを持っていたことを考えると、
数年ぶりの大発作に多臓器不全を起こして亡くなったと考えるのが妥当で、
結局、脳組織の剖検までは行えないため、そのまま傷をつけずに帰宅した。


私が就寝してからわずか3時間半後のこと。
ここ数日は機嫌も体調もよく、昨日はOFF日だったので、
ほとんど彼女は甘えて私にくっついていた。
ほとんどの時間を彼女はリビングで過ごしていた。
体調や機嫌が悪いとうさぎ部屋から出てこないので、やはり気分がよかったということだ。
夕べのごはんも完食していたし、ウンチもいつも通り大量に転がっていた。
まったく病んでいた形跡がない。
だからこそ、癲癇発作だ、と言うのだけれど―

ここ数年痙攣発作もなく、小さな発作はたまに前足を数秒突っ張らせる程度で、
この程度なら服薬の必要はないと主治医も私もそう判断していた。
癲癇は、重積発作の場合には死に至るとは知っているけれど、
たった一度の大発作で命を落とすなんてことがあるのか。。。
その点は医者が言うように「まったくないとは言い切れない」と片付けるしかないのか―
私が見たときには痙攣すらしていなかった。
私は動物たちの異変にすぐに気がつくよう同じ部屋で寝ているので、
大きな物音以前に何度も炎龍が発作を起こしていたことに気がつかなかったとは考えられないし、
同じ部屋でケージで寝ている猫たちも、炎龍が何度も発作を起こしていたのなら
必ず鳴いて騒ぎ出すはずだけど、それもなかった。
唯一ケージ外に出ている千夜も、私が飛び起きるまで一緒に布団の中で寝ていた。
それでも癲癇発作が死因というんだろうか。

いったい何が炎龍に起こったのか。
わからない。

帰宅後、まだ温かみの残る炎龍を抱いて横になり、
そして先ほど・・・炎龍は小さなお骨になりました。
手足や耳、頭部は硬直が始まっていたけれど、お腹はまだ温かみが残っているのに
荼毘に付すのはあまりに惜しく申し訳なかったものの、
けれど次のOFF日まで遺体を残したままにしておくこともできず。
猫たちもすでに動揺しているので。

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       昨日の炎龍とまいこ〜。

泣いても泣いても、どう叫んでも、大事な大事な炎龍を失ったこの痛み、
この悔しさはどこにも吐け口がない。
私の哀しみの何倍もの悲哀をこめて泣いた炎龍。
うさぎがあんなに哀しげに泣きじゃくるなんて。
なのに私は何もできず、一口の薬を与える間もなかった。
ラムちゃまを失って4ヶ月、ののちゃんを失ってわずか3週間でこんなことになるなんて、
私は、私の家はどうなっているんだろう。

何もかも終わってしまったように感じる。
だってこの家に、私のそばに1匹のうさぎもいないなんて、
何か大きく宇宙の法則に反しているような気がするから。

ののちゃんを失ってから、これまで以上に炎龍が愛しく大事に思えてならなかった。
なのに、なぜそれほど大切なものが奪われていくのか。
炎龍のいない世界は無意味。
私はもう元気になりたいとも思わない。



これまで炎龍をかわいがっていただいて、ありがとうございました。

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ニックネーム Lin at 20:24| Comment(18) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月13日

炎龍天下

すっかり元気を取り戻して、やれやれ・・・の炎龍ですが。

私が在宅の時にはもうほとんどうさぎ部屋の中にはとどまっておらず、
だいたいいつも私の後をついて、
私が何をしていようと何を言おうとお構いなく、ジーンズの裾を引っ張って「なでれ」と強要。

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     「おがざーーーん、愛すてるぅ?」
     愛してますとも、ふぉーちゃん、そんなに突進しないで・・・

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     「おがざん、おがざーーん」
     お股に食い込むうさぎ・・・

もちろん私が座っているときには常に横に侍ってべったり。
・・・なだけなら、かわいいアマちゃんで済むんだけど、
この時も私のなでる手が一瞬でも止まろうものなら、すぐにジーンズをくわえて引っ張る。
・・・このとき、不本意とは言え、中身まで咥えられて飛び上がる、という惨事がたびたび。

怖いんです。。。ほんとに怖い。
だってハンパじゃなく痛いんだもの。
すねの辺りをあの歯で咥えられるのは。
ジーンズの上から、「咥えただけ」でも、後が真っ黒になる。
ペンチでつねられた状態。

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     「なでるの、止めたらダメです」
     でゃあぁぁ、身まで噛むな〜っ

つまり、私はいつも「なでないと噛むです」という炎龍の脅迫に怯えているわけ。
と言って、彼女は攻撃で噛み付いているわけではないので、
むやみに叱ることもしたくないし。

猫たちも常に私のそばに炎龍がいるので、私に甘えるのは彼女の様子を伺いながら。
猫が膝の上にいようと、ヘタをするとその猫の尻尾まで咥えることがあるから、
猫たちも炎龍の動向にびくびく。

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     「ままーん、ふぉーちゃんが怖いにょ・・・」
     特にルカちゃんはふぉーちゃんの予期せぬ行動にいつもびくびく。

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     これこれ、スリッパ食べちゃダメ。
     ふぉーちゃんの大好物とは知っているけど。

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     いつも猫たちと寄り添ってはいても、やはり何か満たされないものがあるのか・・・
     今になって奴らがうさぎではないと気がついたか。


ま。よいです。
大事な彼女がそれで気分がいいなら。
なんだか、一人っ子時代のテポを思い出した・・・



それにしても・・・(そろそろ今年のまとめに入ってもいいかな?まだ早いかな?)
今年は大変だった。
すべてどうぶつたちのことで。
もしかしたら、これまでの中で一番の試練の1年だったかも。

前半は昨年から続いていたラムちゃまの闘病、
そして夏から近所の野良猫ファミリーの保護・養子斡旋プロジェクトを開始し、
ほどなくラムちゃまは他界し、
そして3ヶ月もしないでののちゃんが病んで他界し――
そして先日はこの4ヶ月間ずっと保護しようとしていた野良猫の子猫が車に轢かれて亡くなり―

その子を思う気持ちだけでは、
私一人の力だけではどうにもならない宿命と現実を突きつけられた。
そんなことが続いた。
それでも、その間たくさんのうさぎ友だちや猫友だちが私を励まし力づけてくれた。
なにより、やっぱり炎龍やうちの子たちが私の支えとなってくれた。

でも、問題は山積したままで翌年へ持ち越し。
先の見えない不安、現状を変えられない焦り、
そしてそうしているまにも手の届かないところに逝ってしまう子たち―

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     もちろん小学校のチョコも元気に過ごしています。
     誰にも頼れないから、この間も週に3度は通っている。
     すでに2度チョコの小屋の雪かきをしたよ。
     「へへっ」

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     「雪の山ができた。おれっち、ここ登っていいの?」
     雪かきしてできた山にチョコが登るから、ズボッと埋まらないよう固めておいたけど・・・

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     チョコ、果敢に雪山に挑戦中。遭難するな。

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     登頂を諦めて、雪だるま製作に切り替えた。
     この子もこの冬元気に過ごしてくれることを祈るばかり・・・


と、簡単に振り返って、簡単にこれからのことを考えようとすると・・・
ふと気がつく。

どうも私のハートはカラカラのようです。
乾いているカラカラではなく、空っぽのカラカラ。
何も残っていないような―

きっとこれは、私自身が自己防衛手段として、
あえてみずみずしいものを受け入れないようにしているんだろうと解釈している。
ここで正常な感情を取り戻しても、きっと私自身はその水溜りでおぼれてしまうんだろう。
それは計画が一段落してからでいい・・・

大丈夫。
私のそばには私が自分以上に大切に思う命であふれているから。

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      たいていにゃんこたちもうさぎ部屋の中にいることが多い。
      ・・・この後、炎龍がまいこ〜を遠慮なく踏んでリビングの方に。

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     「・・・・ねぃにゃん、予測不能だにゃ」
     「そこにいた坊やが悪いですよ」


しかし・・・
ののちゃんがいなくなってから家の中の静かなこと。
彼女だっていつもいつも鳴いていたわけじゃないのに、
それだけ彼女の存在感は圧倒的だったということ。
彼女のいつもまっすぐな魂とエネルギーにこの家は満たされていたんだ・・・

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      この頃、ちょっとした表情や仕草が驚異的にかわいく感じて、
      まさに神様がくれた奇跡だ、などと本気で思った。
      そうしたらその直後―
      神様からのシグナルだったのか・・・大事なものを今から再認識しなさい、という。





ニックネーム Lin at 11:19| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月04日

落ち込んじゃった炎龍   と、飼い主

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     たくさんのなぐさめ、励ましのコメント、メール、お花やカードをありがとうございました。
     ののちゃんを愛してくれて、ありがとうございました。
     ののちゃんの豊かなロングヘアーを一房、遺しました。

8月にラムちゃまが逝ってしまった時より、
なぜだか私のモードが落ち込んだまま。
ラムちゃまの場合は、覚悟の期間が長かったからなのか、
ののちゃんの場合は、故ハイジの二の舞、何とかできたはずでは、という思いが強いからか。

そして、意外なことに、ラムちゃまのときはぜんぜん大丈夫だった炎龍がすっかり落ち込んでしまった。

ウサギ部屋はいつでも開放しているのに、ぜんぜんそこからリビングに出てこようとせず、
片隅で横になってばかり。
猫たちが寄っていっても無関心、私にはいつもしつこくまとわりつくのに、それもなく―

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     「ねぃにゃん、どうしたんにゃ?にゃ?にゃ?」
     猫たちが心配するほど。

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     一時、熱まで出して。
     ちぃやが看病してくれた。
     「おねいにゃんまで具合悪いにゃんて、ちぃはやだにゃ・・・」

なぜ同族のラムちゃまが逝ってしまったことより、
種族の違うののちゃんの死が影響大きいのか。
そこのところは炎龍の心の問題なんだけど・・・

昔・・・仲間のウサギが1匹もいなくなったら、
故・野茂さんがひどく落ち込んで危ないことがあったことを思い出した。
そして、何より、うちはなぜだか不幸が1年以内に2度3度続く。
今回はののちゃんの死をもって終了としてほしい。
絶対に。

幸い、昨日の夜からキゲンがよくなって、
いつもリビングにいるようになったし、
私にも「なでれ」攻撃が復活して、おそらく・・・これで大丈夫なんじゃないかとは思うものの―

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      「ねいにゃん、まいきょがついてるからにゃ」
      「坊やはやさすいですね・・・」

草食動物は本当にもうほとほと・・・という気持ちと、
でもやっぱりうさぎなしには私の人生は成り立たない、という実感もあり。。。

だから、炎龍はますますもって大事な大事な存在。

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      夕べからやっといつもの炎龍の表情に戻った。
      いつも笑っていてね。
      笑っていてくれないと、母さんまた胃が痛くなる・・・ 

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      こちらも衝撃。
      野の子が亡くなった翌朝から、やっぱり千夜が大泣きして探し回る。
      彼女にとっても、ののちゃんの死はつらいものだった。
      「にょんねいにゃん、どこに行っちゃったんにゃ?」
      (心霊好きな人が言う「オーブ」?が周囲に写ってる―ただの埃でしょ―けど、
       もし本当にそうだとしたら、きっとののちゃんやラムちゃまの魂だね)


・・・しかし、モルモットのいない生活もまた―なんと味気なく感じることか。
ののちゃんは私の太陽だった。

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       亡くなる時、口元に野の子の顔をくっつけて寝ていた。
       かすかな動きや呼吸の変化もわかるように。
       まだ、ののちゃんのかすかな息遣いが唇に残っている。
       亡くなった後、「ののちゃんが生き返った!」という、しょうもない夢をみた・・・






ニックネーム Lin at 20:28| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月29日

おやすみ、ののちゃん

ののちゃんが永遠の眠りに就きました。

今日は1日中、いつ息を引き取っても、という状態で目が離せないでいたけれど、
それでも強制給餌や投薬でもしっかり飲みこむ力は失せず、
もしかしたら明日朝まで頑張ってくれるのか、と思うようになっていた。
この状態になってからすでに丸3日。
信じがたいほどの生命力だ。

でも9時過ぎに、少し様子が落ち着かなくなったので、
撫でてあげると落ち着くため、フリースにくるんで抱き続け、
そのまま顔をくっつけあって私も横になって、うとうとしている間に―

なので、彼女の最期は意識にないのだけれど、
何か夢を見たような気がして目を開けたとき、
まだすぐに死んだと気がつかないほど体も温かかったので、
本当に静かに静かに、ひっそりと息を引き取ったようだった。
鳴き声一つあげず、みじろぎもせず―
おそらく、29日になるほんの少し前。

これまでで一番いい看取りだったのかしれない。
しっかりかかえ抱いて一緒に寝ている間に、彼女もまた眠るように息を引き取った。

ありがとう、ののちゃん。
あなたがどれほど私の心を明るく照らし続けてくれたか、
あなたの存在がどれほど私を慰めてくれたか、
それは正直―ウサギや猫以上のものだった。

そして、治してあげられなくてごめんなさい。
いつも私を信頼して、愛してくれたのに、何も応えてあげられず―

もっと一緒にいたかった。
あなたほどかわいくて勇敢でまっすぐなハートのねずみはいない。

さようなら、nonno-野の子。

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     21時過ぎの頃の、ののちゃん。
     ずっと朦朧としていた感じだったのに、
     この時だけとてもはっきりと覚醒していた。
     いつもの、ののちゃんの表情だった。




ニックネーム Lin at 01:45| Comment(10) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月27日

静かなののちゃん

ののちゃんは昨日から、もはや歩くこともできなくなってしまった。
ゆうべからずっと彼女のそばで、少しずつ投薬や強制給餌、そしてひたすらなでている。

ずっと、こんなに頑張ってきているのに。

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     25日夜までは自分でケージから出て、ゴハンを食べる炎龍に触発されて、
     一口程度は自分で食べてみたりもしていた。

今も強制給餌の後は、「口の中に何かが入る感触」を思い出すのか、
牧草を口にしてみたりもするし、
わざと至近距離で炎龍に何かを食べさせると、
その気配が刺激になって、自分も野菜やペレットを口にしようとするけれど、
もう・・・夕べからは固形物を噛む力も失ってしまったようで、
ただ口を動かすだけで、その中には何も入っていない。

2日前からは下痢もし始めていて、整腸剤なども一切利く様子もなく―
長く病んでいた子の最後に見られる特徴だ。
体全体の臓器の機能も失われ始めているのだと思う。

ののちゃんは決して諦めていないのに。

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     昨日からカイロも入れてみた。これは気に入った様子。

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     投薬や強制給餌を抵抗する力も弱くなった。
     それでも撫でると、嬉しそうに気持ちよさげに目を閉じる。

ただ一つ、おそらくこれが彼女にとっての最後の幸運は・・・
もはやあまり痛みも感じなくなったのか、痛がって鳴くことがまったくなくなったこと。

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     今はもう静かに横たわるだけ。

私は何も学ばなかった。
故ハイジの痛ましい死から、そしてこれまでの子たちの死からも。
学んだところで、彼女を救う手立てがあったかどうか―
そう思うのは結局学ばなかった人間の自己弁護でしかないけれど。

そう思うのは、
彼女が私を愛してくれているから。
「ののちゃん、おかぁちゃま、ここにいるよ」と声をかけるたび、目が笑うから。
彼女はこんなときでも、きっと私が何か自分にとっていいことをしてくれるに違いない、と
揺るがず信じている。

なのに私は、
こうして静かに沈んでいく命を、私もまた静かに、ただ、見守るしかない―

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     愛しているよ、私の世界一愛しいねずみちゃん。




ニックネーム Lin at 12:30| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする