2013年08月24日

去年の夏

去年の夏は・・・ずっとずっと30度以上の日が9月まで続き、
小学校うさぎのチョコは2ヶ月もうちに滞在していた。
毎日出かけるときには、チョコ部屋には扇風機が首振り&断続風運転で回しっぱなし。
今年は扇風機なんかついに一度も出さなかった。
うさぎがいる時は、正直省エネなんて度外視。
うさぎがいると、あちこち●が散らばるのも困ったけど、
●をしないよりは100倍マシ、という理論とおんなじ。
うさぎがいる時はいつも緊張していたと思う。
きっと多くのうさ飼いも同じだと思う。


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昨年8〜9月の写真。うちにいるあいだ中、にゃんこにくっついて


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なぜかルカちゃんを女の子うさぎとも思い込んだのか・・・ルカちゃんにご執心。



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ルカちゃんもチョコには特別優しかったっけ。




・・・そんな感覚を久しぶりに思い出したのは・・・
「うさぎと暮らす」に、今は岩手の里親さんのもとで
「殿うさ」になっているチョコの写真が掲載され、
ホントに久しぶりにうさぎ専門誌を読んでみたから。
(「うさぎと暮らす」49号ですよ!見てね)


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「あっ、ちょんこにゃ!」
「いよいよ全国デビューにゃんか・・・」




もしまたうさぎを迎えることがあったら、
今度はこんなふうに育てよう、とか、
あれは間違っていたな、と色々思うことも多いけれど、

うちの子は(ある意味いろんな意味で)例外、
すべて世の中で言われる通りにすれば、
絶対に健康に幸せにしてあげられるという保証はない、
とも思える「ノビシロ」も心のどこかに持っていないと、
付き合わされるうさぎがかわいそう。

だって、彼ら、実験に付き合ってくれてるんじゃない、
楽しい嬉しいという気持ちで生きてくれなきゃ。


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ほかほかのぐちゃまんまが大好きで、嬉しそうな顔して食べてたっけ・・・






ニックネーム Lin at 21:42| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月07日

…まだまだだ。

昨日、街中でばったり、ずっと会っていなかった友だちに出くわした。
2年ぶりくらい。
彼女が職場を変わって以来。

彼女は以前、大学生と高校生の息子2人を連れてうちに遊びに来たことがあって、
「うちの息子たちがね、いまだに、
あの時、自分の手につんつんと鼻を押し付けてきたうさぎ、
本当に胸がきゅんとした、と話すのよ。
あの大きなうさぎも元気?」と言うものだから、
「あの子はおととしの年末に突然死んじゃってね」と返したら・・・


あらららら。
なんで?
なんで炎龍が逝って1年半にもなるというのに涙があふれるんだ。
自分で自分にびっくりしちゃった。


きっと・・・ずっと炎龍の話題は避けてて、
聞かれても話をそらして、
仕方なく死んだことを話すときにも、
まるでよくある平凡な話、みたいにしか語ったことがなかったのに、
ふいに炎龍を知っている人に会って、「あの時」と情景鮮やかに話されたもんだから、
私も構えるまがなかったんだろう。


先日も、職場の人に「そういえば、世話をしていた小学校のうさぎは?」と聞かれて、
今は遠い場所で幸せに暮らしていることを説明して、
「でもね、いまだにスーパーであの子が好きだった野菜やりんごを見るたび、
なんだか哀しい気持ちになって」と口にしたとたん・・・声が震えてしまった。

その人に「馬鹿ね、あんた。わが子を手放して」なんて苦笑されちゃった。


仕方がない。
まだまだ・・・もう少し、こういうことを繰り返して、
そしていつか、心の底から笑って話せるときがくる。



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ニックネーム Lin at 21:27| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月04日

春の陽の下で

こちらでの更新は相当お久しぶり。
でも、きっと「Lin家の掟」はご覧いただいてると思っています。
えぇ・・・負傷猫のサポートやら保護猫の養子斡旋で忙しくしていますとも。

さて、うさ飼いとしてはただいま休業中のLinさんですが、
ココロはいつもいつも「早くまたうさぎを」という野心の炎が消えないまま。
特に・・・昨年12月に岩手の里親さんの元に送り出した、元小学校うさぎのチョコのことは、
その後も里親のSさんからはいつもチョコの様子を教えていただいて、
元気な様子の写真を見るたび、いまだいちいち胸を熱くしているのですが・・・

この冬、湯たんぽやらカイロやらヒーターやらでぬくぬくで過ごし、
そしてこの連休、ウサギが走って遊べるラビット・ファームに連れて行ってもらったとのことで、
久々戸外でのチョコの姿を見せてもらいました。


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里親のSさんとラビット・ランで。
チョコにとっては4ヶ月ぶりの戸外。


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チョコ、ちょこちょこ走る。
この小さなオテテのかわいいこと!あぁっ!!!


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タンポポしゃくしゃく。
岩手のタンポポもおいしいかな?
やっぱりこの子はタンポポとクローバーには目がないようです。


この日のチョコの様子は
ラビットファームにも写真がUPされているので、
ぜひ見てね。


私はほとんど飼育小屋―戸外でのチョコの姿ばかり見ていたので、
陽の光の下でのチョコがやっぱり一番彼らしく感じ・・・
いつもいつもチョコのことを最大限に大事にしてくれているSさんに託して
ほんとにほんとに良かった・・・と今さらながらこの出逢いに感謝。
この出逢いを引き寄せてくれたM.KさんやEdyさん、応援してくれた皆さんにも大感謝。
もし私が引き取っていても、ここまで大事にしてあげることはできなかったもの。

昨年の今頃は、いまだあの冷たく汚い飼育小屋で遅い春に凍えていた小さなうさぎ。
(去年の今頃の記事を見てみて)
それが今、こんなに大事にされて、元気に王子様のように暮らしているなんて。
正直、私もここまでの大どんでん返しのハッピーエンドは想像してなかった・・・
ナニゴトもあきらめてはいけない、
求めよ、されば与えられん ですな。






チョコの普段の様子はリンクの「鸚哥亭(インコテ〜) 」ブログでご覧いただけます。
(お気に入り登録が必要です)


昨日は雪が降った北海道。
今日も5度前後の気温・・・と、これまで体験したことのない遅い春です。
桜?
つぼみすら確認できない。
でも、野草を摘めるようになったらチョコの元に送る予定です。
いつも毎年、食べなれたタンポポの味で北海道を思い出すかな。。。

もし私の摘む野草を食べさせたいという方がいたらご連絡ください。
送りますよ〜
(野草を摘みたくて仕方ないだけ・・・)




ニックネーム Lin at 00:00| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月11日

あれから

あの日から2年。

翌日だったか翌々日だったか、うちのMSの前の幹線道路を、
「東北地方災害支援」と書かれた横断幕をつけた自衛隊の重機や車両が
後も先も見えないほどの車列をなして千歳方向に向かっていた。
道内内陸の基地からの支援部隊だったのだと思う。

信号待ちをしていた人の誰かが、その車列に手を振って
「頼むよ、助けてくれよ」と声を上げたら、次々とそこにいわせた人みんなが
必死に手を振って「お願いします」「頑張れ」と次々と声をあげた。
もちろん私も。誰も彼もが涙を流して。
車両の助手席に座る隊員が、そんな私たちに微動だにせず敬礼していた姿が忘れられない。
あの時、私にできたことはそんな他者の力に頼ってすがることだけだった。

被災地での人の苦労はもちろんのこと、多くの動物たちがその後も酷い状態で命を落としていった。
あれから私は1滴の牛乳も飲んでいないし、肉も口にしていない。

被災地で行き先を失ったうさぎを引き取ろうと思っていたのに、
野良猫ファミリーの保護に忙殺されているうち、
去年、逆に被災地の人に老齢の小学校うさぎが迎えられた。

・・・やっぱり、このままじゃダメだな。
この未曾有の災害の苦しみ哀しみを、私はまだ1つも引き受けていないじゃないか。
そう思った、今日の日。


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    2011年3月の頃の炎龍とまいこ〜。
    うちの子たちを生涯幸せに守ってあげられるか、と考えさせられた。
    この年は震災に加え、ラムちゃま、ののちゃん、炎龍が次々と亡くなるという、
    辛い出来事ばかりが続いた1年でした。





ニックネーム Lin at 22:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月23日

うさぎ恋しや

お寒うございます。
北海道だけでなく、今季は全国的に厳しい寒さのようですね。

こちらは12月中から最低気温が連日-10℃以下、
ひどいときには-15℃を下回り、日中の最高気温もやっと-5℃程度という毎日。
昨日・今日はいく分寒波も和らいで日中の最高気温がやっと0℃程度に。
これでもかなり暖かく感じるのだから、
体もだいぶ寒さに慣れてしまったということなんでしょう。

この例年にない寒さで、繰り返しありがたく思うのが、
私が気にかけていた動物たちが今は皆暖かいところでぬくぬくと暮らしていること。
彼らが凍えていないか、お腹を空かせていないかという心配が一切ない冬なんて!
もし今もまだ戸外で何の暖房設備もない状態で暮らしていたとしたら、
今頃私はこの厳しい寒さの中、カイロを取り替えるために
うろうろ朝晩ほっつきさまよっていたはず。
で、絶対私が先に風邪を引いて寝込んでいたかも。

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     去年今頃のチョコ。除雪して高くなった雪山登山がダイスキだった。
     本当に去年の冬までは元気でたくましかったなぁ。
     もし・・・あのまま飼育小屋にいたら、おそらく年は越せなかったろうと確信している。


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     去年この後すぐに保護した猫たちも、吹雪の中でゴハンを待っていた。


事実、毎年年末年始頃には風邪を引いていたのに、今年はぜんぜん平気。
だって、去年まではチョコのところに毎日通って、
さらに野良猫保護のために寒風の中待機して・・・という日々だったんだもの。
それを思い出すと、本当にこの冬、私は幸せだ・・・と改めて実感します。

でも、それにしても厳しい寒さ。
この冬は暖かい下着をいっぱい買ったよ(笑)
が、日々の生鮮食品の買い物は面倒で、極力外に出ない毎日。
だって、うさぎがいるわけじゃないんだから、
無理してまで葉野菜や果物を買いに出る必要もないんだもん。

どんな吹雪だろうと、ふぉーちゃんのための春菊、
チョコのために青梗菜を求めてスーパーのはしごをしていたのがウソみたい。


などと、懸案だったチョコの引退が実現して何の心配もなくなり、
今とても私的にはラクになった日常を思うと・・・

ふつふつとうさぎ恋しさが。
心配の耐えない毎日、また吹雪の中野菜を買い求めて歩くのか・・・と思うと、
それまたゲンナリしちゃう気持ちもあるけれど、
でも、やっぱりうさぎにはうさぎだけの良さがあることをこれだけ知っているニンゲンですからね(笑)

やっぱり猫たちとの共棲を考えると、ふぉーちゃんのように大きな品種の方が安心。
また、実験が終わった日本白色種を、とも思うけれど、
ふぉーちゃんが一昨年末、そして他の2姉妹も去年のうちにすべて亡くなっていること、
3姉妹とも癲癇という疾患を持っていたことを思うと、
彼女らのように、実験動物として限られたコロニーから生産された(あえてこの言い方)
SPF(無菌)動物というのは、あまり健康で長生きな生涯は望めないのかもしれない。

まあ、それでも短い生涯であったとしても、
実験終了とともに薬殺されるはずの命を救い、
数年でも楽しい生活を送ってくれたらそれでもいいと思うから、
ついつい色々検索してしまうのだけど・・・

が、やはりどう考えても、今もまだ里親が見つかっていない元野良の猫親子が片付かない限りは、
これ以上の無理もできないのが現実。

基本、里親さんとは面談の上、相手先の自宅で手渡しということにしていますが、
もちろん信用できる方ならチョコの例にもあるように、
必ずしもというわけではありません。

事情や背景をご理解いただいて、猫親子を迎えてくれる方がいましたら、
(もちろん1匹ずつでかまいません)ぜひご紹介を!

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      モノママ(仮名) 4歳

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      その息子のBio(バイオ・仮名) 2歳

彼らの終生の幸せと、
そして私の幸せなうさぎライフ再開のために(!)改めてご協力をお願いいたします。

※猫たちの里親募集ブログ
Lin家の掟







ニックネーム Lin at 18:36| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月02日

あけましておめでとう

明けましておめでとうございます。

昨年中は、特にチョコの縁談で皆さんの応援をたくさんいただき、
そして、これ以上はない幸せな結果に喜んでいただいて本当にありがとうございました。
永年の心配だったチョコの行く末を守ってあげられたのも、
皆さんのサポートのおかげです。

今年もきっとまた事件が起こるかもしれない。
また皆さんのご支援をお願いすることも勃発するかも。
今年もよろしくお願いいたします。


・・・と、
例年なら、冬休み開始と同時に毎日チョコのところに通って、
特に年末年始はチョコのところ以外にも外暮らしの猫のところを訪問したりで、
ぜんぜんゆっくりできなかったというのに、
今年の年末年始ときたら・・・

行くところがないっ!!!

いえ、もちろん不満はありませんよ。
私だってこの寒いのに、外をほっつき歩くなんていやだもん。
なにより・・・「凍えていないか」「お腹を空かしていないか」という心配をする対象が
私の周囲から1匹もいなくなったのはなんて心安らぐことか。

でも・・・実際には私が見たり聞いたりしていないだけで、
この極寒のなか、体をこわばらせて凍え、空腹に耐えているうさぎや猫や犬が、
きっと今にも命を落とそうとしている現実があることを忘れてはならないと思う。
そして、そのあまりに残酷な現実を知らない振りはしないようにしたい。

それだけに、昨年の今頃はチョコや野良猫ファミリーが暖房の一切ない環境で震えていたのを
ただ見ることしかできなかったのに比べ、
今はチョコが岩手の新しい家族のもとで、
野良猫ファミリーが里親さんや私のもとで暖かにすごしていることが、やっぱりとても嬉しい。
そして、もっともっと、そんな「幸せの大どんでん返し」の子が増えればいいと思う。



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【オオマジメな追記】
今・・・世の中の「ジャパニーズホワイト」の写真をあちこちのサイトで見まくってきたんだけど・・・

いやぁ、やっぱり、うちのふぉーちゃんくらい美人で笑顔でナイスバデの子はいないな、と

世界の中心で叫びたくなった・・・



ニックネーム Lin at 01:22| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月21日

冬至

今日は冬至。
昨年の今日、炎龍が急逝した。

最も夜が長いこの時期―太陽の力がもっとも弱く感じるときに、
太陽のようにまぶしいほど明るくおおらかな子は、
まだ夜明け前の闇の中で突然息を引き取った。

異変に気がついて飛び起き、大きな体の彼女をとっさに抱きかかえたまま、
私は何もできず、そうして息絶えた彼女を呆然と抱いている間にようやく夜が明けた。


私は残念ながらロマンチストではないので、死後の世界も不滅の魂の存在も信じていない。
きっと、そんなことはないのだと思っている。
けれど・・・もしも自分が死んだら、先に死んだ親しいものと遭えるというのが本当なら・・・

炎龍があの大きな体をどさどさ揺すって、びちびち小躍りしながら
「おがざん!」と、あの笑顔で迎えにきてくれるとしたら―
私は死というものはなんてステキなことだろうとすら思う。


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    今でもおまえの匂いを覚えているよ。


炎龍だけじゃない。
ののちゃんにも、ラムちゃまにもまた遭えるというのなら―


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     ののちゃんは炎龍より3週間早く―
     2011年は悪夢のような1年だった。
     3匹の草食ユニットが相次いで亡くなった。


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     ラムちゃまは8月に、壮絶な9ヶ月間の闘病の末に。


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     今にして思うと、天国は天上にあったのではなく、まさにここにあった。
     こんな光景はおそらくもう二度と再現されないと思う。


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     鼠のお姉ちゃんと、巨猫の弟と


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     猫とじゃれるのが楽しくて仕方なかったうさぎと


でも・・・きっともう遭えないだろう。
死んで遭えるものならこんなに嘆く必要はない。
でも、きっともうおまえたちに遭えることはどんな世界でも絶対にないんだろう。
・・・だからこんなに哀しいんだ、と最近は思う。


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     ふぉーちゃん、おまえともう少し一緒にいたかったな。
     ふぉーちゃんのことをどれほど誇らしく思って、どれほど愛していたか、
     ちゃんとおまえに伝わっていただろうか。



※ふぉーちゃんの動画です。
最近は冷静に、懐かしい気持ちで見れるようになりました。
ののちゃんも大あくびしています。
(高画質にしてご覧ください)





今日、プロフィール欄の炎龍の写真を外します。



ニックネーム Lin at 00:00| Comment(5) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月16日

封印

チョコのために最後の仕事―

チョコの飼育小屋の掃除をしてきた。
なんだかだ言いつつも、私に飼育小屋の鍵を預けてくれて、
いつでも好きに出入りさせてもらい、
最終的には快くチョコを送り出してくれた小学校には感謝しているので、
最後にきちんときれいにしておかなきゃね。


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   チョコの飼育小屋に向かう公園脇の道。
   ここ数日の湿った雪で、木々が雪化粧。
   もう、この道を往復することもめったにないだろうな。


記録的な大雪が続いていたので、思ったとおり飼育小屋の運動場は腰まで雪が積もり、
寝室のドアを開けるために、まず素手で雪を掘らなきゃならなかった。
チョコがいたら、絶対にここまで積もったままなんてことありえない。

飼育小屋に近づいたら、いつも「ちょんこ〜来たよ〜」と声をかけると、
運動場に出られないほど雪が積もっているときでも、
必ずチョコ専用の寝室の出入り口のところから顔を出していたっけ。


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    2週間前にチョコをつれてきた時からそのままの寝室の中。
    ・・・なんだか不思議な感じがした。
    現実感がないというか。


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    寝室の中は+3.5℃。外より3℃くらい高いか。
    この中も厳寒期には-5℃を下回っていた。
    ・・・こんなところにチョコは8年もいたんだ・・・


寝室の中の備品のほとんど全部は私が持ち込んだもの。
手作りのウッドハウス2個に、ウォームシートに、壁の合板に、床の断熱シート・・・
12月4日全校朝礼で挨拶に来たとき、食器だけ先に持って帰っていた。
なので、今日は何も持って帰るものはないので、
ウッドハウスも解体し、布類やおやつ類もシート類も全部ゴミ袋へ。
とにかく、全部、徹底的に廃棄。
ゴミ袋4個にもなった。


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     床の断熱シートと合板を取り除いたら、
     チョコめ・・・手前の中央部分以外は全部掘り進んでトンネルにしていた。
     8年目になって、初めてこんなに掘っていた。


土に混ざった牧草を取り除いたりなんだりで、
土ぼこりにまみれながら2時間。
寝室の中は、私が介入する以前の状態―つまり、「何もない」状態に戻った。
私が介入する以前、チョコは1本の牧草も寝床もないこの場所で寝ていた。


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     寝室のドアを閉めるときに、祈った。
     「ちゃっぴー、今までチョコを守ってくれてありがとう。
     おまえのおかげで、ようやくチョコを安心な場所に送り出せたよ。
     そして・・・もう二度とここにうさぎが入れられないよう、お願いね」と。


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     たびたびチョコに差し入れを持ってきたり、
     チョコを心配して私にいろいろ聞いてくる近所の人がいたので、
     学校でもフェンスに「チョコは里親さんの元に行った」という張り紙を出していたけど、
     私も貼り付けておいた。
     「チョコは幸せになりました」と。


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     すっぽり雪に埋もれるようになっている飼育小屋ともこれでお別れ。
     チョコはもうここにはいない、とわかっていながら、
     冬、帰るときいつもチョコに「がんばれ」と声をかけていた癖が出そうに。


これで、チョコとの縁は一区切りついた。



もう二度とここには来たくない。
ここにこうして飼育小屋がある限り、またいつ新しいうさぎが入れられるかわからない。
(学校にははっきりともううさぎは飼わないでほしいと言ってきたけれど、
やはりこの飼育小屋は「動物飼育」という学習要綱があるため設置されている、ということで、
こうしてこういう設備が校門のまん前にある以上・・・またうさぎが入れられる可能性は高い。
それなら、せめて教室で飼える動物にすべきだ、とは言ってきたけれど、
特に現在の校長先生や教頭先生がいなくなったらどうなることか)


そもそも、ここは初代学校うさぎのちゃっぴーが、
チョコよりさらに過酷な状況で飼われていた場所で―
それでも彼女は9歳まで生きた。


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     初代学校うさぎのちゃっぴー。
     ちゃんとした名前もなかったので、
     私が勝手に名付けて、約半年間毎日のように通った。


ちゃっぴーの頃は、鍵を預けてもらうこともかなわず、
当時の教職員には疎まれ、
結局何一つしてあげられないまま―
ちゃっぴーが病気とわかっていながら、一口の薬すら与えられず、
彼女はたった1匹でここで死んでいった。
当時の私は、やはり今の自分より相当未熟で、しかも勇気もなく、腹もくくっていなかった。
当時の私にもう少しだけの思慮と勇気があれば―

ちゃっぴーの痛ましい死は今もトラウマになっている。
いつか―チョコも誰にも看取られずこの冷たい寝室で息を引き取るときが来るのではないか―
私はただただそれが怖かった。
それを避けたいためだけに執拗にチョコの元に通い、
学校側との関係を保つよう努めてきたような気がする。



チョコが幸せになった今、
ここはまたちゃっぴーの墓標になった。



皆さんの近所にも小学校があるでしょ?
ほとんどの小学校には飼育小屋があるはず。
そこにうさぎがいないか、
もしいたら、どんな状況か一度確認してみてほしいのです。
(おそらく、99.9%、チョコより何倍も過酷な状況のはず)

そしてそれがうさぎにとって適した状態ではないと感じたら―
あなたにできる方法で何か1つ、学校側にアプローチしてほしい。

最終的に、学校や幼稚園などでの動物飼育全廃のために。


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     2008年1月厳寒期のチョコ。
     この頃はまだ小屋の鍵をもらえていなかったので、
     フェンス越しに野菜やペレットを与えていた。
     今から思うと、この頃が一番切なかったな。。。



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2012年12月13日

チカラが出なかったけど

チョコは鸚哥亭(インコテ〜)さんで、
申し訳なく思うほど、とてもとてもとても大事にされていて、
新しい環境にも大分慣れてきたらしく、食欲も十分、
自分からケージから出て遊ぶようになったということです。

もう、安心。
私がよけいな心配をすることももう必要ない。
本当にチョコは強運なうさぎ。
本当に素晴らしい里親さんに巡り会えた。

たびたびこれまでも、私は動物たちに「大どんでん返し」の運命をプレゼントしてきた。
あちゃ、野茂さん、にこ、炎龍。
いつもは私が引き取って、それで大どんでん返しストーリーは終了だったけど、
今回のチョコは、さらに自分以上に幸せにしてくれる人に託して終了という、
うさぎでは初めてのケースだった。

とてもいいことだったと思っている。
なにもかも自分で背負い込みすぎて、そのしわ寄せが背負い込んだ子たちに及ぶより、
もっと発展的で柔軟なストーリーにできたと思うから。


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     出発前夜のチョコ。大好きなアゴこちょこちょ。
     「や、やめれって」


なんだけど・・・

いつもならこの大雪にはチョコの飼育小屋には必ず朝晩行って、
運動場の雪かきやチョコのカイロの取替えを絶対にしていただろうに、
今・・・もうそんな必要もなくなり・・・
毎日自宅前のバス停で降りられる、この不思議な感じ・・・
(いつも自宅からは離れた小学校前のバス路線を使っていた)

うちにいたときも、猫たちの数倍注意してチョコの様子を見て、
体調管理や生野菜の調達やしっこ拭きにあくせくしていたのに、
うちにもいない、けれど、飼育小屋にもいない・・・って・・・

自分でも意外に思うほど、なんだかしょんぼり・・・

チョコが幸せになって、
これ以上は考えられないほど大事にされて、
すべてを新しいご家族に託して、何の不満も不安もないのに、
この寂しさはいったい・・・


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      「そんなにおれっちのことを愛していたのかい?」
      愛しているから、送り出したんだよ。


本当に今まで大変だった。
根性と執念の体育会系の6年だった。
私はどうにも自分のことを自分で好きになれない人間なのだけど、
チョコのことに関してだけは、それでも自分でも「よくやった」と評価している。
だから、チョコを送り出したら、どれほど重荷から解放されてほっとするか、と思っていた。

なのに・・・
重荷の日課が突然なくなったせいなのか、
いつもいつも心配しなくてはならないうさぎの存在が身近から1匹もいなくなったからなのか、、、

なんともチカラが出なかった。


でも、今日くらいになって、やっと・・・
「チョコは私のもとから完全に離れた」という感覚に違和感を覚えなくなってきたような気がする。

本当に、あの里親さんに託してよかった、
チョコのために最善の選択をして、その判断は間違っていなかった、
すべてうまくいったんだ、という感覚。

猫たちの縁談も、いつもそう。
送り出して数日は心配で心配でたまらないけれど、
そしてやがて・・・心底ほっとする。
私の元にいることが何も最善ではないんだ、という当たり前のことを確認できたとき、
私は本当に・・・「いいことした」と思える。




    出発前夜、元気に遊ぶチョコ。



今まだ縁談を待っている保護猫親子が片付いたら、
今度は私が引き取ってエンドとなるストーリーのうさぎを見つけるんだ。





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2012年12月09日

飛んでいった・・・

今日、チョコは岩手の終の家に旅立ちました。

夕べから何度も何度も約束した。

もし、おまえがこの旅で死んじゃったなんてことになっても、
Linさんは同情しません。
Linさんは6年以上、おまえのために本当に頑張った。
どんな暴風雨や暴風雪の時も、いや、そういう時こそ、
寝室のドアがきちんと閉められているか、
悪天候で誰もゴハンをあげてくれていないのではないかと心配で、
Linさん自身が遭難しかかりそうになりながら(笑)。
あるいはマイナス10℃以下に冷え込む日には、朝晩仕事に行く前と帰りに寄って、
おまえのカイロを取り替えてきたよ。
Linさん自身が凍死しそうになりながら。

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       「Linさん・・・小屋のドアが凍り付いて開けられないって、
       ライターであぶってたな」
       ポットにお湯を入れて持ってきてかけたりね。

学校との折り合いをどうするかも、本当に大変だった。
あまり批判的な態度では迷惑がられてしまうだろうし、
だからできるだけ沈黙と行動で示そうとしてきた。
ひたすら、チョコの立場を思ってのこと。

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       「へへっ Linさん、おれっちのゴハン入れが空っぽで、
       水が取り替えられてないって言っては怒りまくってたな」
       ・・・そりゃ怒りますとも。

それも、おまえがどんなに寒い日でも、元気に雪の中を走り回って
たくましさ、健やかさを見せ付けて、
こんなに健やかな子だからこそ守り抜きたいと思ったから。
だから、今年老いて弱ってきたように感じるおまえを温かいお布団で寝かせるときになったと思って、
最後にひと踏ん張りした。

おまえね、考えてもごらん。
よそのうさぎのことをここまで心配して、毎日のように通いつめたニンゲンなんて、
LinさんでもLinさん以外に知らないよ。

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       「もうほとんど・・・執念だな」

だから、おまえの終生の幸せを願って送り出すんだから、
なのに、初フライトでへたりました、だの、緊張して寝込みました・・・だの、
そんな情けない結果はLinさんに後ろ足で砂をかけるようなもの。
年老いたおまえを幸せにしてあげたいと、新千歳空港までとんぼ帰りで
迎えに来てくれる里親さんに向けられる顔もない。
もし、そんなことになったら、
所詮おまえはその程度のうさぎだったということだ。

ここまでLinさんは頑張ったんだから、あとはおまえ次第。
おまえを信じているよ。


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     「へーい」


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   新千歳空港で里親さんにお会いする。
   チョコの新しいママです。


カウンターで、キャリーごと専用ケージに入れられる様子を見ているうちに、
なんだかチョコの心細さが伝わってきて泣けてきた。
係の人に「客室と同じ温度なんですね?小さい年寄りのうさぎなんです」と念を押したら、
「ここから飛行機に乗せるまで1分ほど外気に触れますが、
あとは温かいですよ。大丈夫です、丁寧に扱いますから」と言ってくれた。


そして・・・チョコは岩手に向かって飛んでいった・・・


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        さよなら、チョコ。愛してるよ。


チョコは無事に到着し、すぐにゴハンを食べて、
今はカイロや湯たんぽの入ったお布団で寝ているんだとか。

よしよし、すぐにゴハンも食べたんなら上等。
・・・約束を守ってくれてありがとう。

嬉しいけれど、とてつもなく寂しい。なんだか、何もしたくない気持ち。
寂しいけれど、ほんっ    とにほっとした・・・

チョコ、どこまでも長生きして、どこまでも幸せになれ。
小学校で飼われていたうさぎでも、こんなに幸せになった子がいるんだ、と
みんなに教えてあげて。



※新しい家でのチョコの様子は、こちらでご覧になれます。




ご心配いただいた皆さん、ありがとうございました。



ニックネーム Lin at 20:49| Comment(6) | チョコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする